ホームステイの思い出

通訳

投稿日:2011-07-21 更新日:

 高校生の時にアメリカへ留学した際、
ますます英語を使ったお仕事に興味を持つ
ようになりました。
初めてアメリカへ行った時には、
どうしても頭の中で 日本語に訳して
考えていたので会話のテンポがいつも
遅くてついていくのがやっとでした。
それが、3か月して英語を英語で考えたり
その意味を日本語としてではなくイメージとして
とらえられるようになるとだいぶスムーズな会話になり
そちらに慣れていくようになりました。
(そうなると日本語に訳すのが逆に面倒に・・・)
その頃、ホストファミリーのお母さんを日本へ10日間ご招待
することになり、東京や京都、実家では親戚みんな呼ぶほどの
お祭り騒ぎでした。
そこで、困ったのが誰一人英語を話さない実家、親せきと
日本語をしゃべらないホストのママ。
通訳は私だけだったんですね。  あごが外れるかと思うほど
通訳し続けたのは後にも先にもあの時くらい(笑)
英語って先に結論がでますよね、でも日本語って
「。。。。で、それで。。。。で、そうしたら。。。。で
こうだったの」と最後まで聞かないと分からないので、
時間はかかるし、それを5人分以上の往復通訳+自分の意見を
何日も繰り返していたら さすがにぐったりで、
「少しの間、みなさん私抜きで
身振り手振りでお願いしまーす」と
横になってしまいました(笑)
それでも10分経たないうちに
「ねぇ何て言ってるの」「こういう意味であってる?」
と確認に。 みなさんお話好きなので。
しまいには
「あなたが訳さないと何にもわからないじゃな~い」と
ホストのママ。 自分の事についてでは
なくてもその辺で会話しているすべてを知りたい
好奇心旺盛のママでした。
そんな経験から、憧れていた通訳の夢は
どこかへいってしまいましたが、
同時通訳ってすごく短い時間集中して、
交代で入ることを知って、とても納得でした。
今朝ふと思ったなつかしい思い出です。
ブリティッシュコロンビア大学へのサマープログラムは、

こちらから


 あべりあ子供英会話

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