ボランティアや寄付をしたときに、すかさず「これをご縁にコミュニティーに入りませんか?」「みんなで一緒に活動しましょう」「気持ちだけでいいので追加の送金を……」といったお誘いやご連絡をいただくことがあります。ちょっと知り合った方から「親戚の旦那さんが入院し、費用が・・」「知り合いの子が難病で、、みんなで寄付を・・」といった切実な悩みを受けることもあります。
もちろん、熱心に活動されている方々の想いやエネルギーは素晴らしいものだと思いますし、身内を助けてあげたい!という気持ちもわかります。ただ、個人的には少し身構えてしまう自分がいます。
私にとって、ボランティアや寄付はあくまで「自分の想いやペースで、行うもの」だからです。人から言われてするものではなく、その時に自分がどう感じたか、その時の自分に何ができるか考えて行動するものだと思っています。
距離感を保ちたい理由
支援や善意の形は人それぞれです。
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大きなコミュニティーに属して一丸となって盛り上げたい人もいれば、
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名もなき個人の立場で、自分の心地よい範囲でこっそり応援したい人もいます。
後者のタイプにとって、何かを支援した瞬間に「仲間」として巻き込まれそうになったり、個別の連絡が来たりしてしまうと、次に手を伸ばすハードルがぐっと上がってしまいます。
「支援したい」という純粋な気持ちと、「人間関係やコミュニティーのしがらみは持ち込みたくない」という気持ちは、決して矛盾しないはずです。
違和感を感じたときの一件と、気づいたこと
少し悲しいことに、こうしたコミュニティの入会やお誘いをやんわりとお断りした途端に、急に態度が冷たくなったり、さりげなく嫌味な態度を取られたりすることがあります。
「善意」の裏側に見え隠れするそんな人間関係のしがらみに触れるたび、やっぱり距離を取って正解だったなと感じます。
でも、そうした経験を通して一つ確信したことがあります。
それは、本当に心からその活動や支援を大切にしている人は、見返りを求めたり、断られたからといって態度を変えたりはしないということです。
見返りとしての同調やコミュニティへの囲い込みを求めてくるのは、「支援そのもの」ではなく
「自分の組織や仲間を増やしたい」という目的が透けて見えているからなのだと思います。
私が大切にしたいスタンス
だからこそ、これからは自分の心地よい距離感を大切にしていきたいと思っています。
誰かと群れたり、大きな輪に参加したりしなくても、それぞれのペースで、それぞれのやり方で誰かを応援する選択肢があっていいはずです。
もし私の活動や寄付に共感してくださるなら、個別の勧誘や参加のお誘いではなく、見守っていただけるととても嬉しく思います☆
